フィリピン人妻にイジメられて、涙目になってるpopeです。

フィリピン人と何らかの形でかかわり、フィリピンにどっぷりと浸かって
しまった人々や、逆に痛い目に遭い二度と係わりたくなくなった人々がいます。

そんな話をしてみましょう・・・

興行目的でフィリピン人が日本へ来るようになったのは、一説には1970年代
終わり頃といわれています。その前からも興行目的(主に売春など)で入国してた
例はあるようですが、ほとんどが頭にやの付く自由業の方達が
仕切っていた様で・・・

その当時からジャパ行きさん、と言う言葉が出始めて来たようですね。
         (じゃぱゆきさん)

小生が記憶しているフィリピンパブは東京でしたが、一見怪しいお店に見えたので
しばらく遠くから様子を見ていたりしましたよ。だって怪しいんだもん・・・
それが1987年頃。

たまたま飲んだ帰りにそこのお店の前を通ったら、店から帰る客を
見送りに出てきたのが・・・
そう、フィリピーナ(フィリピン人の女性)だったのです!

おー外人のいるお店かぁ、ちょっと遊んでみるか・・・これがキッカケでしたね。
これは酒が飲めて、女の子と仲良くなれて英語の練習にもなる!と早とちり!
でも全員が英語が出来る訳ではない事がわかると、興ざめし行かなくなりました!

だいぶ経ってからまた遊びに行くようになりましたが、その時の人間観察が
面白かった!!
皆さん、恋愛ゲームをしにやってきていたのでしたよ!

それもいい年こいたおっさんが!ラヴユーとか何とか言っちゃって・・・・

たまたまどんどんはまっていった人が増えていった頃みたいですね。
え?小生?

はいな、当たり前だのクラッカーですやん!当然はまってました・・・
そこで少しタガログも覚えましたしね。

で、お気に入りの女の子が出来れば、当然同じ店に通いますから常連となり
店長さんなんかとも仲良くさせてもらったり・・・おまけは 無しよ~ん・・・

いろいろお話を聞くと、面白い話がわんさかわんさかと出て参りまして。


フィリピンパブ全盛期1985年頃から言われてきたのが、ひとはまり300万!
もちろん当時からオカニの無かった小生はお店に行くのが精一杯でしたけど・・・
でも中にはやはりそれぐらい使っている人も結構いたようです。
一週間に3~4回通い、開店からラストまでいる人や毎晩通う猛者まで
使うお金が半端なかったのではないでしょうかねぇ・・・・

当時も今もシステムはあまり変わらないと思いますが、だいたい50分から
1時間でワンセット!これで料金が¥3000~¥5000ですから。

タレントの彼女たちは6ヶ月契約で日本に滞在し、一度帰国して再審査後
再入国の繰り返しなので、来たい子は何度でも来ることが出来ました・・・昔は・・・

それで帰るときにはお土産と称して、福沢諭吉センセイを何枚か渡したり
離れたくないと、自分も後を追いかけフィリピンにまで行っちゃったりと
いろいろな人がいました。

今もいるかあ?いやいや、もういないでしょう・・・・・

そんな中でも秀逸な話がいくつかありますので、次回お楽しみに!

今日も最後まで読んで頂きまして、ありがとうございました。